「追い詰められたときほど、その人の性質が良く出る」という話は、古文や漢文にも出てくる古いテーマですが、当然現在でも通用します。
ちょっと面白い話をしましょう。私の知り合いの経営者の方で、筑駒(筑波大附属駒場高校)出身の方が、飲み会の席でこんな話をされていたことがあります。
「自分、高校3年の夏まで、勉強はほとんど何もしてなかったですよ。当然、東大模試も全部E判定。と言うか、最後まで全部E判定(笑)。でも、本試はギリギリで東大受かりました。あんな無茶は、10代だから出来たんでしょうかね?」
受験指導をしていると、1年通して全ての模試でE判定の現役生が、最後の爆上げで合格する様子を何度も目にします。彼等の最後は壮絶で、12月以降は一日も休まず、勉強以外の全てをシャットアウトして生活していたりします。客観的に見ても模試はズタボロですから、状況的に悪い要素ばかりなのに、何故か猪突猛進。で、合格。
次に、彼と真逆の例を出しましょう。
「模試ですか? まあ、春のではB判定とかありましたけど、後はイマイチですね。夏以降はDとか。最近はEとかまで下がってきて、やる気しないです。やっても無駄って言うか。自分的にはやってるんですけどね。毎年、後半下がるんですよ。本試もダメな理由が分からない。今年もダメだと思います」
違いが分かるでしょうか? 前回の合否の分かれ目1でお話した、
「ダメだ……。全然成績上がってない……。これまでのやり方がおかしいのかも知れない……。自分のペースを取り戻そう。やり方を変えよう」
のタイプと全く同じであると気づければ、かなりカンが良いです。典型的な落ちるパターンですね。
今でも定期的に、
「Eさん。自分頭悪いんでダメっすよ。何やってもダメな気がします」
のような相談を受けるのですが、そのときの私の回答は決まっています。
「君が悪いのは頭じゃなくて、性格だよ。そのすぐに『ダメダメ』言いたがる、低品質で下品な性格。そこが問題。変えなさい、今すぐに」
よほどの上位層は話は別ですが、大半の場合で頭が悪いのは原因ではなく、結果論です。性格が歪んでいるから、地道な努力を『無駄無駄』言って遠ざけて、成績も下がる。質の低い性格こそ無能の原因であり、無能自体は寧ろ結果論です。無能という結果だけ見て「ダメダメ」言うのは自由ですが、まずは自分の歪んだ性格を何とかしろ、というわけで。
勝てる勝負を投げる人はいません。勝てない勝負でも投げない人は、立派な人格者です。では、勝ち負けの分からない勝負では?
と、言うわけで、限りなくブラックに近いグレーを制する人間がいかに優れているか、伝わりましたでしょうか?
「筑駒の人は、単に頭が良いだけだろ!」
とか思っちゃう人は、もうダメです、性格が。
優秀さとは、頭の回転だけではなく、性格にも宿ると思いますよ、個人的には。
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